心の豊かさとは?:極意塾の心の豊かさ論 No.123

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心の豊かさって何?

よく「心の豊かさ」という表現が使われますが、「心の豊かさ」とは何なのか、いつもどうも曖昧な印象があります。

心が豊かとは、幸福感がある、満足感がある、充足感がある、という辺りが一般的な意味のようです。(^o^)🌼

私が子どものとき、水道がありませんでしたから、風呂といえば、家の前の道を渡った所にある井戸に行き、ツルベで水を汲み、バケツに入れ、それを運んで風呂釜に入れ、また井戸に行って水を汲んで、という繰り返しでした(笑)。

風呂焚きは、薪を使ってました。メラメラと燃える炎の色を今も鮮明に覚えています。(^o^)🌺

今風呂焚きと言えば、ボタンをひとつ押すだけです(笑)。

ワンプッシュで、ガスで温められたお湯が出て、適量になったら「お風呂が沸きました」と女性の声が聞こえてきます(笑)。(^_^;)🌸

豊かな生活と心豊かな生活

さて、どっちが豊かな生活でしょう?

もちろんボタン一つ一回押すだけで風呂が沸かせる生活の方が豊かですね。

しかし、どっちが心豊かな生活でしょう?(^_^;)🌷

ツルベで水を引き上げる時の水の重たさ!
バケツにいっぱい水を汲んで両手に下げて運ぶ時、水がタプタプしてふらふらして腕が痛くなるあの感じ。
水を風呂釜に入れる時のあのジャバーッという音。(^o^)🌸

新聞紙にマッチで火を付ける時のチャッチャッという音。
細い枝が燃え出し、薪にうまく火がつくように並べる時、薪の配置を考える楽しさ。
パチパチと燃える炎を灯りに本を読む時のページの上で揺らぐ光の微妙さ!
薪が燃える時のあの匂い!(^o^)🌷

電気もガスも水道も無い貧しい家の子どもだった私は、風呂を焚くということだけでも、ボタンを一回押すより遥かに豊かな体験をしていたのでした! (^o^)🌹

裕福でなかったゆえの豊かさ!

今にして思えば、子どものときに電気、ガス、水道が無い生活を体験できたのは、この上ないラッキーなことでした。

裕福な家に生まれて何不自由なく生活していたら、けっして味わえなかったであろう体験を数限りなくやってこれました。

(その後は電気もガスも水道も入ってきて、豊かな?生活も体験できました。)

私は、お陰さまで、実体験から太古の時代の暮らしがイメージできますし、今現実には超現代の暮らしをさせてもらっています。(^o^)🍀

しかし、確かに体験は豊かでしたが、それで幸福感、満足感、充足感にいつも満たされていたかというと、現実にはそうではありませんでした。

むしろ子どものときの心は、貧しさを忌み嫌い、都会の優雅な暮らしにコンプレックスを抱き、悔しさ、不満足感でいっぱいでした。

物の豊かさも体験の豊かさも、それだけで心の豊かさ、幸福感、満足感、充足感に繋がるとは限りません。すべて条件でしかないんですね。

No.123

(極意塾塾頭 野中由彦)

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