(1)侮れない誹謗中傷のパワー
過日、コロナ禍で困っている生産者をなんとか助けたいとボランティアで活動し続けている方と話す機会がありました。
その方曰く、「ボロクソに言われましたよ」と。
「偽善だ!とか、どうして◯◯にしないんだ!とか、散々ですよ」
この方の場合は匿名ばかりではなかったとのことでしたが、若い女性が匿名の誹謗中傷が引き金となって自死に至ったとされる痛ましい事件も耳新しいですね。
誹謗中傷というのは、当事者には非常に苦しいものですね。
ストレスを減らし幸福度を上げることを目指す極意塾としては、この誹謗中傷に対する処し方も、これから重要なテーマであり続けるかも知れません。
(2)私の悔しい経験
話を聞くと、かなり多くの人が誹謗中傷に苦しめられた経験をしているようです。
かく言う私にも苦い思い出があります。
もうだいぶ前のことですが、私が行った研究発表に対して、匿名のアンケートに「意味の無い発表、自己満足に過ぎない」と書かれていました。
この研究は、多くの人にご協力いただき、多大な時間をかけ、それまでにない手法でまとめたものでしたから、流石にカチンと来ました(笑)。
マイナスの感想はこれひとつだけだったのですが、「100の応援より1の中傷が心に刺さってずっと抜けない。全部かき消してしまう」とどなたかが書かれていたとおり、その後長い間、思い出す度猛然と腹が立って、面白くない日々を過ごしてしまいました(笑)。←若くて未熟でした。
(3)誰でもすぐできる方法
どれほど立派な仕事をしても、なんだかんだとマイナスのことを浴びせてくる輩は、どの時代にもどの国にも、50人に1人か2人は必ずいるものですね(笑)。
未熟だった私は、あまりに悔しかったもので、さまざま考えました。
その結論は、「匿名の感想なんぞ一切読まないことにする」でした(笑)。
よく考えれば、そもそも誰なのかわからない、しかもどれほどの見識があるかもわからない人の書きたい放題の無責任なコメントなぞ、読むに値するものではありませんね(笑)。
真摯に自分のした事の良し悪しを学びたいならば、尊敬できる人に、こちらから訊ねて、ありがたくアドバイスを受ければ、それで十分ですね。
匿名のコメントは見ない、読まない。私はこれを習慣にして、ずっと続けていますが、これは、およそ誰でも、すぐに簡単にでき、ストレス予防に絶大な効果があります(笑)。
ただし、悔しい腹立たしいコメントにこそ、実は素晴らしいヒントや教えがあったりもしますから、世間は面白いですね(笑)。
(4)勝海舟はどうしたか
そこで思うのは、勝海舟がやっていた事です。
福沢諭吉が、勝海舟の幕末の行動を徹底的に誹謗した『痩我慢の説』なる小論を書いて、公にしてよいかと勝海舟に尋ねています。
それに答えて、勝海舟は福澤諭吉宛に、あっさりした書簡を送っています。
その中に、「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与(あずか)らず我に関せずと存じ候。」との有名な句があります。
「自分がやったことは自分のこと、それを他人様がけなそうが誉めようが、それは他人様の主張で、自分にはどうしようもないし、自分には関係のないことだと思っております。」とまあ、こんな意味でしょうか。
要するに、勝海舟風に言えば「うちやつておく」、すなわち、自分は何にもしない。
自分は何にもしなくても、誹謗中傷する人だってたちまち別の人からの誹謗中傷に晒されます。
それを高みの見物と洒落込む、いや、それすらもせず、あとは天地に任せて何にもしないでうちやつておく……これが誹謗中傷への一番賢い対処法のようです(笑)。
No.256
(極意塾塾頭 野中由彦)
※ 勝海舟から福澤諭吉宛の書簡の全文です。
いにしえより当路者(とうろしゃ)、古今一世の人物にあらざれば、衆賢の批評に当たる者あらず。計らずも拙老先年の行為において御議論数百言、御指摘、実に慙愧(ざんき)に堪えず、御深志かたじけなく存じ候。
行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与(あずか)らず我に関せずと存じ候。各人へお示しござ候とも毛頭異存これなく候。おん差し越しの御草稿は拝受いたしたく、御許容下さるべく候なり。
二月六日 安芳
福沢先生