自分の様子を外から眺めると変える意欲がわく(2) No.295

広告
この記事は約2分で読めます。
広告

No.294で。「なんらかの外からの刺激を受けて、自分自身を客観的に見ることができた時が、変化を志す瞬間のようです。」と記しました。
これには、事例がたくさん有ります。
ここでは、大きな変化をもたらすことになった私の事例をひとつ紹介します。
私は、五十代になってから、経営者の心の持ちようを学ぶ趣旨の会に通い始めました。
初め、セミナーに行く度に墓参りの話ばかりが続きました。次も、次も、行く度に墓参りの話が続くのでした。

経営と墓参りが何の関係があるというのか判然としませんでしたが、やがて徐々に、「そう言えば、父方も母方も、祖父母の墓参りって一度もしたことがないなぁ。それに、正直言って、そもそも墓がどこにあるかもわかってないなぁ」ということに氣付いて愕然としたのでした。
先祖のこと、それも祖父母の代のことすらたいして知りもしない、多少関心はあるけど普段想いを寄せることすらしていない。……五十にもなっているのに、今まで一度も!(笑)。
これはまったくもって恥ずかしいことだと反省しました。

そこから、まずは墓探しから始めました。移動に半日かかる距離で、一度行けばすべて判明するということもなく、県をまたがって何カ所にも何度も足を運ぶことになりました。
やがて調べられる範囲で家系図を完成できたのですが、そこに至るまでには何年もかかりました。
それでようやく人並みにご先祖様とつながり、帰省する度に祖父母の墓参を欠かさない普通の人に変わったのですが、その変化の起点は、祖父母の墓参りをしたことがない、墓がどこにあるかもわかっていない自分を外から見た瞬間なのでした。
自分を変えることは、自分を知ることから始まるという事例として第一に挙げたいと思う体験です。